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自立と贈与

 本日の礼拝説教で、「成人するとは、自己決定・自己選択をし、自己責任で行動できる人だ」と言われていました。それを聞きながら「それはかつて多くの若者を損なった自己決定イデオロギーですよ」と暗澹たる思いになりました。 このような考え方は、人を「自立」ではなく、むしろ「孤立」へと導きかねませんし、聖書の考想ですらありません。 そういうわけで、「自立と贈与」の関係について述べたいと思います。ちなみに、「受...

健康は一人では達成できない

 5年前の毎日新聞にこんな興味深い記事が載っていた。  アメリカのペンシルベニア州のロゼトはイタリア移民が建設した街で、別に他の街とどこがどう違うわけでもないが、1950年代、心臓病による住民の死亡率が周囲の街の半分ほどだった。(「縦並び社会・8」、毎日新聞2006年6月23日朝刊)  興味を持った医学者たちが疫学的な調査を行ったが、周辺の住民との間に有意な差異は認められなかった。 食生活も喫煙率も同じなのに、なぜ...

幽霊さんに説得は通じない

 ドーモドーモ。まだ私の出番ではないかもしれませんが、毎日暑いですね。  草木も眠る丑三つ時に出るのが幽霊の常識だと教わりましたが、皆さんのお役に立とうと早めに出てきました。                ∧△∧               ::( ´∀`) コンバンハ                ノ つ つ               /   /               \/´  毎度おなじみ垂れ目の幽霊さん。...

今こそ、相撲の科学を!

 野球賭博に力士が大量に関与していたため、ここ数日、相撲のあり方についての話をよく見かけた。  それについて思うところを書いてみる。  大相撲は「あのようなもの」として存在する意味があると私は思っている。  しかし、そもそもその理論的基礎づけを誰も担っていないことが問題である。  相撲は神事であり、伝統芸能であり、呪術儀礼であり、スポーツであり、フリークショーであり、格闘である。  同時にその全部であ...

呪いの言説

 古代の呪術的な戦いは言葉によって展開したというのが白川静先生の説です。 「文字が作られた契機のうち、もっとも重要なことは、ことばのもつ呪的な機能を、そこに定着し、永久化することであった」(白川、「中国古代の民俗」、『白川静著作集七』、304頁)とするこの文字論は「コミュニケーションの道具としての言葉」という私たちになじみ深い功利的言語観と隔たるところ遠い。私はそのいずれが言語観として適切であるのか、...

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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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