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ガリラヤのイェシュー

 友人が職場の教員から『ガリラヤのイェシュー』を借りてきて、御自身のブログで一部を紹介しておられました。 これは10月1日に発売されました。 出したのは、岩手県大船渡市の医師で、カトリックの山浦玄嗣さん。 山浦さんは、新約聖書の中の四福音書をケセン語訳した、「ケセン語聖書」を出された方です。 その方が新しく出されたのが『ガリラヤのイェシュー』です。 聖書の中の地方を日本の各地方に合わせて方言を使い分...

預言者は誰の味方か?

 この文章は2月半ばに作成しました。 アップするタイミングを逸してしまったのですが、今の時期にアップすることでまた見えてくることがあるかと思い、載せることにしました。 旧約聖書において、神によって預言者として遣わされた者は、正義の実現を強調する文脈において、必ずこういうことを言います。 「孤児、寡婦、寄留者を虐げてはならない」と。 例えば、エレミヤ書22章3節にはこうあります。 「主はこう言われる。正...

聖書「と」前向き志向

 私は普段でもほとんどテレビを見ないのだが、最近はテレビをつければCMでアホ面した芸能人が「がんばって」とか「前向きに」とか「あなたは一人じゃない」とか言っている。 これに対しては自称「パリサイ人」としてまずこう言ってやりたい。 前向きになんて、誰がなるか!!聖書にはそんな考えはねえ。十字架なんてとことん後ろ向きのパフォーマンスだろ。でも、そこに救いがあるんだろうがよ。 それで、この文章を書こうとふ...

素人は注解書を読むべからず

 4月3日の所属教会での説教で、説教者はこんな話を紹介していました。 数か月先の聖書箇所が発表されると、事前に注解書(コメンタリー)を読んで、「今日は、牧師はどの注解書を読んでいるかな」と予測を立てる信徒がいるという話です。 説教者も苦笑しておられるように思えたし、私自身も以前(「聖書はまず自分で読め」)に書いたように、これは聖書に向き合う姿勢として到底真面目なものとは思えませんでした。 説教でこの話を...

「父よ、彼らをお赦しください(ニヤリ)」

 おそらく、聖書は基本的に「真面目に」読むものだろう。 つまり、書かれていることを「正面から」受け止めるということだ。 その読み方も大事だが、時に「斜めから見る」ことも必要ではないか。 「大真面目に」読んでいると、イエスやパウロのユーモアという事柄を見逃してしまうからである。 そもそも冗談を解さない人間にユーモアがわかろうはずがないが。しかし、そうした人間は自らの硬直性を一体どのようにして緩和した...

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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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