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対症と予防

 システムトラブルが起こると、「誰の責任だ!」「責任者出てこい」と気勢を挙げる人がおり、また誰が責任者なのかわからないままに謝罪会見が開かれて、それをテレビで見るというのが当たり前の時代になりました。 「不祥事の責任を問う」という言葉は勇ましいし、合理的に聞こえるけれど、実際には責任の淵源を探ってゆくと、最後に発見されるのは、誰でもやるようなわずかな事実誤認や見落としだけです。 ほとんどすべてのシ...

「視野が狭い」ことの効能

 物事を捉える時に、視野の狭い人を指して比喩的に「視野狭窄症」と言うことがある。  そして、それは大抵、ネガティブな文脈で言われ、克服されるべきものという含意がこめられる。  けれども、限定的な状況下では視野を狭くすることも必要ではないかと思う。  何かひどいことを経験して、心身共にとても傷つき、何もする気力の起きない時には、目の前のことだけに集中し、それ以外のことについて考えることをしばらく停止す...

リラックスの逆説

 「リラックスの逆説」というものがあります。  緊張している人に向かって、よく「リラックスしろ」と言いますよね。  けれども、「リラックスをしなければ罰を与える」という条件下でリラックスできる人間はいません。  例えば、テニスではリラックスできないとプレーの精度が上がらない、だからリラックスせねば……というのは、すでに文型そのものがストレス負荷的に構文されているから、その条件下でリラックスするのは困難...

自分の知性を向上させる法

 教育者の仕事とは何であろうか。  教育者が教場で行う仕事は一つだけである。  それは子どもたちの知性のパフォーマンスを向上させることである。  それに尽きる、と申し上げてよろしいであろう。  子どもたちの知的な不調の原因の過半は彼ら自身が自分の脳を活性化する術を理解していないからである。  学校ではなかなか教えてもらえない。  というのは、「機嫌のよい教師」「いつもにこにこしている先生」にあまりお目に...

武道はスポーツではない

 内田樹先生は武術の競技化に懐疑的(というより端的に反対している)な人なので、術技の巧拙を競うのではなく、ひとりひとりの身体感覚を高めることの教育的な有効性に目的を限定して教えておられると聴く。  実際、どう考えても、内田先生の教え子の女子学生たちが剣で人を斬ったり、杖で人のあたまをかち割ったりするような状況に遭遇する蓋然性は低いからである。  昔の武士が武術を学んだのは、そういう機会に現にしばしば遭...

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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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