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『ガンジュ侯爵夫人』

 ドナシアン・アルフォンス・フランソワ ド・サド『ガンジュ侯爵夫人』水声社 通称サド侯爵の小説である。美徳の化身であるガンジュ侯爵夫人と悪徳の化身である神父の対決を描いている。  同じテーマの『悪徳の栄え』や『美徳のよろめき』に比べると、官能的要素は少なく、思索的・哲学的要素のこもった対論が主な内容である。  エロティシズムの行為に目を向けやすい『ソドム百二十日』や『悪徳の栄え』よりも、サド侯爵の思...

『ドラッグオンドラグーンストーリーサイド』

 映島巡、藤坂公彦『ドラッグオンドラグーンストーリーサイド』エニックス、2003 PS2「ドラッグオンドラグーン」のノベライズ。  ゲームをプレイしてから読むと、一つひとつの情景がありありと思い出されてくる。登場人物の内面もわかり、ゲームとは違った面白さを見せてくれる。  ゲームよりもダークさが抑え目になっている。...

『洗礼から聖餐へ―キリストの命の中へ』

 芳賀力『洗礼から聖餐へ―キリストの命の中へ』キリスト新聞社 聖餐とは何か、その土台の洗礼とは何か、また両者のつながりについて、簡潔かつ平易に語った本である。  未受洗者陪餐の問題について考える上で、貴重な示唆・指摘に富む本である。章の終わりに命題の形で、内容を要約しているところも、理解を助けるものとなっている。 洗礼を祝い、聖餐が十字架に死んで、復活した主を喜び祝うものとして、しっかりと理解されな...

『小冊子を腕に抱く異邦人』

 エドモン・ジャベス『小冊子を腕に抱く異邦人』書肆山田 これは対話によって織りなされる物語だ。そして、決して到達しない物語でもある。  読む人を選ぶだろう。一つの可能性、一つの何かを見せてくれるが、言葉に還元されうるものではない。美しいが、そこには傷跡と叫びが垣間見られる。  常に出発され、決して到達しない対話、それを通して著者は何を見よ、あるいは何を聴けと言っているのだろうか。...

『続 小さくされた者の側に立つ神』

 本田哲郎『続 小さくされた者の側に立つ神』新世社 『小さくされた者の側に立つ神』の続編であり、主に雑誌「福音宣教」での文章をまとめたものである。  本の基調としてあるのは、表題にある「小さくされた者の側に立つ」姿勢である。虐げられ、抑圧され、差別されている人々の側に立っての福音理解こそがあるべき福音ではないか、と問いかけている。  例えば、マタイ福音書の8つの幸いについて論じた「八つの幸い」という文...

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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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