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「『反抗的人間』の適訳

 カミュの『反抗的人間』の正確な訳は「むかついている人間」です。 反抗するだけならことは簡単です。ところがどっこい、カミュの「むかつく」(元のフランス語にはもちろん「反抗する」という意味もあります)というのは、何にむかついているのかというと、「こいつはどうしようもないほどの悪人で殺してしまった方がいい。けれども、実際に殺すのにはためらいを覚える」という感じなのです。  あることを実行するのはとても正...

『こころ』

 夏目漱石『こころ』新潮文庫を読了。 本書を初めて読んだのは17歳の頃だったと思う。それ以来、この作品は愛読書の一つでした。 30歳の今、改めて読んで、響くものがありました。遺書の中で先生は、何とか自分の邪悪さを「私」に説明しようとした、しかし、なぜあの時、Kを出し抜いたのか、それは先生にもわからなかったことでしょう。「自分は邪悪な人間である」という物語によって先生は自分をとらえようとした。だからこそ...

キリスト者の民族誌的奇習

 「行って、全ての民を私の弟子にしなさい」というイエスの宣教命令によって、キリスト者は福音を伝えます。 福音がすばらしいのは言うまでもありません。 しかし、自分がすばらしいと考えているからといって、伝えられる側もそう受けとめるはずだと思い込むとしたら、ちょっと待っていただきたい。 こういう考えは、善意なら何をしても許されるという考えと大差ありません。 つまり、ここには、相手は「すばらしいと思わない...

『子どもは判ってくれない』

 内田樹『子どもは判ってくれない』文春文庫を読了。 本書は、著者の考える「大人のものの考え方」とは、これこれこういうものではないか、ということを書いています。この本に一貫して伏流しているのは、世の中がこれからどうなるのかの予測が立たないときには、何が「正しい」のかを言うことができない、という「不能の覚知」です。その「不能」を認識したうえで、ものごとを単純化しすぎるきらいのある風潮に抗って、「世の中...

三人寄れば文殊の知恵

 「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあります。 辞書的な意味では、三人の人が集まれば、文殊菩薩のような良い知恵が出ると書いてあります。 けれども、ある事柄について三人の人が集まって話し合えばみんなバラバラなことを言うに決まっています。 この時、それぞれが「俺の意見は正しい」と考え、正しさに固執して話し合いを続けると、いつまで経っても結論は出ません。時間だけが無駄に過ぎていきます。 誤解しない...

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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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