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フーコーの言葉

 わたしはいわば花火師です。 (中略)花火師であること、それはまず地質学者であることです。土地の地層を、褶曲を、断層を調べます。掘削しやすいところはどこか、抵抗があるところはどこか。そして砦がどのように構築されたかを観察します。身を隠したり、攻撃を仕掛けたりするのに役立つ起伏を詳しく調べるのです。 ミシェル・フーコー『わたしは花火師です』ちくま学芸文庫、2008(1974-1978)、pp,8-9 フーコーは20世紀フラ...

『メディア批判』

メディア批判 (シリーズ社会批判)(2000/07)ブルデュー商品詳細を見る ピエール・ブルデュー『メディア批判』藤原書店、2000(原著1996) 本書は、フランスの社会学者ブルデューがテレビを中心とするメディアの現状を分析するとともに、その批判的分析をなるべく理解しやすい形で提供しようとしたものである。 「批判的」といっても、著者は特定の記者やテレビ局のスポンサーを取り上げて「批判」しているのではない。そうではなく...

『ポストモダンの共産主義』

ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として (ちくま新書)(2010/07/07)スラヴォイ・ジジェク商品詳細を見る スラヴォイ・ジジェク『ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』ちくま新書、2010(原著2009) 冷戦終結後、「歴史の終わり」(F・フクヤマ)や「ポスト・イデオロギー時代の到来」が叫ばれ、ユートピアの到来という夢が語られた。しかし、実際には、イデオロギー闘争は止ま...

ロラン・バルトの言葉

 私たちは誰しもが、自分の使っている語法の真理のうちにからめとられている。私の語法と隣人の語法のあいだには激烈な競合関係があり、そこに私たちは引きずり込まれている。というのも、すべての語法(すべてのフィクション)は覇権をめぐる闘争だからである。 ロラン・バルト『テクストの快楽』みすず書房、1977(原著1973)、p,53[引用者註:訳は変えてある] ロラン・バルト(1915-1980)はフランスの批評家、コレージュ・ド・フ...

ラカンの言葉

 昼と夜、男と女、平和と戦争、こういう対立は他にも幾つでもあげることができます。これらの対立は現実的な世界から導き出されるものではありません。それは現実の世界に骨組みと軸と構造を与え、現実の世界を組織化し、人間にとって現実を存在させ、その中に人間が自らを再び見出すようにする、そういう対立です。 ジャック・ラカン『精神病(下)』「原初的シニフィアンと、そのうちのあるものの欠損」岩波書店、1987年、p,70 ...

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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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