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教会派か社会派、そんなことはどっちでもいい

 以前からのことだが、所属教会の中でしばしばこういう言い回しを聞く。 「○○教会は社会派の教会で」とか「○○教会は教会派だから伝道に熱心ですね」といったものである。 明確な定義を聞いたことはないのだけれど、いろいろな方に聞いた話を総合すると、おおよそこういう考えを言うらしい。 「教会派」というのは、伝道活動に熱心な教会といった意味である。具体的には、教会員数が毎年顕著に増加している教会を喜ぶ文脈で口に...

サイードの言葉

 批判的なためらいもなく、不正義と抑圧の相互依存の歴史を見ることもなく、共に解放される道をさぐることも相互に啓発したりすることも求めないままに、未来の世代に対して戦争と苦しみを強いるのは、勝手すぎるように思える。「他者」を悪魔にするような手段を基本にしたのでは、まともな政策を展開することは望めない。ことに現在のように不正義と悲惨さの中に存在するテロの根源に手をうつことが可能であり、テロリストを孤立...

カウントダウンと孔子の六芸

 12月に入ると、「クリスマスまであと何日」とか「年が明けるまで何日」といったカウントダウンの訪れを聞くようになる。 カウントダウンというのは味わいがあってよろしいものである。 「こんなことが毎年続くのか……」と思うと面白くもないが、「この務めもあと何回経験できるのであろうか……」と思うと、そんな務めも愛おしく感じられてくる(外から見るとちっぽけだが、教会内の人間にとっては重要な問題さえ)。 カウントダウ...

ヴァレリーの言葉

 知的危機は、より微妙であり、その性質からして、この上なくまぎらわしい様相を呈するものであるが(なぜならそれは本来的に隠蔽をこととする世界に属するから)、その正確な姿、その相をなかなか明らかにしない。 ポール・ヴァレリー『精神の危機』岩波文庫、2010(1957&1960)、p,11...

伝道にふさわしい語り口とは?

 福音を伝えること、すなわち「伝道」にふさわしい語り口とはどういうものでしょうか。 教会でよく聞くのは、「キリストは他ならぬあなたのために死んでくださったのです。それを信じることがあなたの救いなのです」という一見丁寧な、その実、相手の事情や理解力を露ほども考慮していない語り口です。 もっと恫喝的なのは、「信じないと地獄行きです」という文言ですが、これを採用する人は最近ではむしろ稀です。 けれども、...

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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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