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内村鑑三の言葉4

キリスト教は神の生命であるから、キリスト教伝道は、この生命の分配でなくてはならない。伝道とは信者をつくることでもなければ教会をつくることでもない。はたまた教勢拡張、教権扶植でないことはいうまでもない。キリスト教会とは老人子供の預かり所ではない。信仰とは世の失望家をなだむるための麻酔剤ではない。伝道師によく似た者がありとすれば、それは医師である。しかし、医師は病を癒すにとどまるなれども、伝道師は健者...

須賀敦子の言葉

わたしたちにとって、未来は存在しないのです。過去も私達のものとはいえません。われわれの時代は、ほかでもない、今日この日なのです。キリスト教徒は、百パーセント、今日に生きる人間である筈でしょう。キリスト教徒とは、自分の贖われる時代をこそ、何にもまして愛すべきことを知っている人間だからです。 須賀敦子『須賀敦子全集 第8巻』河出文庫、2007、p,251-252所収の「現代を愛するということ」より...

諸井慶徳の言葉

人間は生きていると共に、思わくを持って生きている者である。 諸井慶徳『諸井慶徳著作集 上』天理教道友社、1996、p,23 諸井慶徳(もろい よしのり) [1914(大正3)~1961(昭和36)年]は、宗教学者、宗教哲学者。天理教神学の歴史は諸井慶徳の『天理教神学序章』『天理教教義学試論』に始まるといっていい。主著は博士論文『宗教神秘主義発生の研究――特にセム系超越神教を中心とする宗教学的考察』、と『宗教的主体性の論理』...

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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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