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ジジェクの言葉17

キリストはわれわれの罪の代価を「支払う」のではない。聖パウロが明らかにしたように、この支払い、交換という論理こそがある意味で罪なのであり、キリストの行為において賭けられているのは、交換の連鎖は中断することができるということをわれわれに示すことなのである。キリストは、われわれの罪の代価を払うことによってではなく、われわれは罪と償いの悪循環から脱することができるということをわれわれに示すことによって、人間を救済するのだ。われわれの罪の代価を支払う代わりに、キリストは文字どおり罪を消去する。愛を通じて罪を遡及的に「取り除く」。


 スラヴォイ・ジジェク(中山徹・清水知子訳)『全体主義 観念の(誤)使用について』青土社、2002(2001)、pp,66-67
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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