Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://takashidokoka.blog118.fc2.com/tb.php/1277-605a803c

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

66回目の終戦記念日

エゼキエル13:10「平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。」


 66回目の敗戦(終戦)記念日である。

 一つ個人的なことをまず述べたい。

 私が中学3年の頃、母方の祖父が亡くなった。

 祖父母の家には小さい頃よく遊びに行った。

 祖父はおしゃべりな人ではなかったが、囲碁をしているところと新聞を読んでいるところをよく見かけた。

 話しかければ笑顔で答えてくれたし、オセロの相手をしてくれたこともある。

 祖父が亡くなった後、祖母から祖父母の戦時体験を聴かされた。

 祖父は大学出であったため上官によくいじめられたこと、家族みんなで満州から引き揚げてくる時、満員の電車にぎゅうぎゅう詰めで乗ったこと、私の母が乳児だったため捨てるという可能性もあったこと、満身創痍で日本に帰ってきたことなどなどを繰り返し聞かされた。

 一言で言えば、壮絶に尽きる。

 祖父は生前それらの体験を全く語ろうとしなかった。

 多分、その理由は、自身の体験した嫌なことを思い出してしまうだけでなく、それをどう語ってよいのか言葉が見つからなかったからなのかもしれない。

 本当のところはよくわからない。

 ただ、初めて祖母からその話を聞いた時、いつも笑顔を絶やさなかった祖父の痛みらしきものを見たような印象を抱いた。

 さて、太平洋戦争とは何だったのだろうか。

 日本は太平洋戦争に突入し、圧倒的な物量差で到底アメリカに勝てないのを知っていた人が軍部にもいたにもかかわらず精神主義を振りかざし、内容空疎なスローガンで国民を鼓舞し、戦争の止め時を逸し、敗色濃厚な時にも若い命を散らさせ、原爆投下まで止めようとしなかったことに、何とも言いようのないやりきれなさを感じる。

 どれほど合理的な説明を聴かされても、「なぜ?」という問いは消えない。

 あの戦争は、愚劣というしかないひどいものだったと思う。

 もっとやりきれないのは、その種の愚かさや醜さが、今の「節電ブーム」においても変わらずに残っていることだ。

 その「変わっていない」日本にいながら、私は正直言って、この日に何を言えばいいのかよくわからない。

 「新機動戦記ガンダムW」において、主人公ヒイロ・ユイのライバルで、完全平和を目指したサンク・キングダムの王子ミリアルド・ピースクラフト(ゼクス・マーキス)は後に、宇宙にあがった際、地球があるから戦争が終わらないのだという考えの下、コロニー落とし作戦を実行しようとする。

 それを止めようとするヒイロとの戦いの中で、ミリアルドは「戦いの愚かさは戦ってみなければわからないものだ」と言う。

 日本の戦争の愚かさや醜さを考えた時、私はこの言葉を思い出した。

 私たちは、あれがどれほど愚劣な営みだったかを忘れてしまったのだろうか。

 念のために言うが、私自身がこの愚劣さや醜さから自由になっていると考えて、この文章を記しているのではない。

 この愚劣さによって損なわれた世界であること、それこそが思考の一つの出発点である。

 自分を透明で叡智的で、全てが見通せていると僭称する汚れなき主体として打ち立てることは恥知らずなふるまいだ。

 そんなことは私にはできない。

 それができるためには、多くのことを捨象する必要がある。

 今の日本社会はあの愚劣な戦争、どうにもやりきれない戦争の延長線上にあるという不快な事実を直視したい。

 平和を祈願するのであれ、「戦争反対」と叫ぶのであれ、まずはそこから始めるのが一つの節度のような気がする。

 以前(2011年7月4日)にも記したように、「二次大戦後、日本は戦争をしなかった」という言明に、私は同意することはできない。

 確かに、日本の国土が戦場になったことはなかった。

 しかし、私たちの手は綺麗な手ではない。

 それを見ようとしないだけで、知ろうとしないだけである。

 今の日本社会があるのは、日本がアメリカの戦略的枠組みに貢献して、他国で多くの人を殺し、抑圧し、傷つけてきたためである。

 そのことを直視しないで、あるいは知らないままでなされる「平和な世界が来ますように」という祈りはとても空しいと思う。

 この言葉は、その人がどういう位置にいるかによって意味が変わってしまう。

 米軍基地の存在を勘定に入れて生活しなければならない沖縄や佐世保や横須賀の人たちが口にする時、切実な響きを帯同せざるを得ない。

 反対に、日本がアメリカの戦略的枠組みで貢献してきたことを知らず、見ようともせず、自分の周りが比較的平穏で、ニュースメディアで時折紛争の話を聴いて、「戦争は嫌だね」という一時的な感傷にひたる人が口にした時は、それはとてつもなく軽いものとなる。

 この日に私はどういう立場を取るべきなのか一義的に決定できない。

 死者には哀悼の念を浮かべよう。

 愚かな戦争の愚かさをかみしめよう。

 過去の日本社会から引き継がれている考えを批判しよう。

 あるいは沈黙すべきなのか。

 けれども、それはどういう種類の沈黙なのか。

 太平洋戦争が何であったか、日本というのがどういう社会であったのかを考えようとすればするほど、どんどん口は重くなる。

 問いは消えない。

 最後に一つだけ引用をして終わろう。

 統一ドイツの初代大統領リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーがまだ西ドイツ大統領だった時、1985年5月8日の有名な演説でこう述べた。


 問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです(リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー『荒れ野の40年』岩波書店、1986、p,16)。
関連記事
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://takashidokoka.blog118.fc2.com/tb.php/1277-605a803c

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

最新トラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。