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『夜』

夜
(2008/06/26)
橋本 治

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 橋本治『夜』集英社、2008

 本書には、5つの短編(「暮色」「灯ともし頃」「夜霧」「蠟燭」「暁闇」)が収録されている。いずれも男の「性」と「愛」を、そこに生まれる悲哀を描いている。「夜」を何ほどか含む各作品のタイトルは、おそらくその悲哀を示唆しているのだ。

 どの作品においても、男は「家の外」に女を作っている。なぜそうするのか。男の心の内は皆違う。ただ、私としてはそのどれにも共感の抱きようがなかった。単に彼らが身勝手というのではない。それだけでなく、自分たちの心の内を、何とか相手に伝えようとする素振りがなく、むしろ言葉で言わないことで「伝わっている」と考える甘えに似たものがあるように思うのだ(違うかもしれない)。自分の行為が妻や子供達にどんな思いをさせているのか、そのことを露ほども想像していない。想像できないのか、想像しないのか、あるいは想像しているけれど、明確な形を取れないのか、それはわからない。あるいはそういうものかもしれない。私が男たちに共感できないのは、自己完結したような男たちのふるまいに由来するのだと思う。男たちは自分の胸の内しか見ていないのだ。

 それとも、私がもっと年を重ねたらまた別の印象を抱くかもしれないし、他の男性はまた違った感想を抱くだろう。言うまでもなく、女性も一人ひとり本書から受け取る印象は違うだろう。

 全ての作品の舞台はバブルの弾ける前後である。それは、携帯電話が一般的でない時代でもある。「灯ともし頃」では、「携帯電話を持ちたくない」理由を、少し長く主人公の心情としてこう説明している。「携帯電話を持つことは、「待つ」ということを受け入れることで、掛かって来ない電話を待ち続ける自分を疲弊させて、絶望に追いやることだ。だから、携帯電話を持ちたくない。待つことに鋭敏になっている自分を、意識したくはない。外でなにがあっても、関知したくはない」と。携帯電話を待ち続けることが、自分を疲弊させてしまう、それはきついことだ。

 携帯電話は基本的にいつでもどこでもすぐに連絡の取れる道具だ。多くの問題はすぐに解決されてしまうだろう。それ故、色恋沙汰においては、かなり無粋な道具と言えまいか(だからこそ、情事の最中には電源を切っておくのだ)。例えば、「夜霧」の終盤で、於初に拒まれた源太郎は友人に電話を掛ける。その際、「まだ携帯電話が一般的ではない時代に、ケーブルを通す電話は、あまりにも公明正大なものだった」と注釈されている。そして、その直後に彼が探したのも、公衆電話だった。言い換えれば、携帯電話には公明正大さが欠けている。己のプライバシーを他者のプライバシーに無遠慮に接続してしまう不躾さが、携帯電話にはある。

 また、ケーブルを通す電話なら、電話をかけた先に相手がいれば電話には出てくれるだろう。いなければ出ない(いても出ない、出られないこともあるが)。携帯電話の場合、持ち主は携帯電話にすぐ出られるものと想定されている。そこに持ち主がたまたまいないこともあるが、「いない」という可能性はほとんど排除されている。出なければ「出られなかった理由」を説明する必要を感じる。不安の混じったその必要には何の根拠もないにもかかわらず。

 勿論、作者は、携帯電話について何かの主張をしているのではないだろう。しかし、「これらの作品には携帯電話は中心的な道具ではありません」というアナウンスを必ず作品のどこかでしているところを見ると、携帯電話を日常的に使う生活習慣を一時的にでも抜くように読者に対して促しているように思えてならない。おそらくその生活習慣を前提して読むと、本書の作品群は意味不明に思えてくる。何か問題が起こっても、「すぐに携帯で連絡すればすむではないか」と考えてしまう。しかし、登場人物たちにとって携帯電話のある生活習慣こそが「当たり前」ではないのだ。そして、私たちの社会もかつてそうだったのだ。そこまで「情報を抜いて」、初めて登場人物たちのままならさに手が届くような気がする。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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