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『「待つ」ということ』

「待つ」ということ (角川選書)「待つ」ということ (角川選書)
(2006/09)
鷲田 清一

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 鷲田清一『「待つ」ということ』角川学芸出版、2006

 携帯電話その他の携帯端末の普及に伴い、現代は「待たない社会」そして「待てない社会」となってしまった。パソコンを起動して、ブラウザが表示されるまでに数十秒かかるだけでイライラしてしまうこともある。また、子供が何かにぶち当たっては失敗し、泣き喚いては気を取り直し、紆余曲折、右往左往した果てに、気が付いたら育っていたというような、そんな悠長な時間を待てる人はいなくなっている。むしろ、今は、瞬時に反応の出ることが「当然」と考えられる社会になってしまった。

 待てなくなった姿勢の一例を挙げよう。企業の様々な活動や業務に共通の接頭辞がつけられていることに著者は驚愕する。なぜか。あるプロジェクト(project)を立ち上げようと提案し、そのプロジェクトからどのくらい利益(profit)が見込めるか(prospect)、何とかいけそうだということになれば計画に入る(program)。計画が整えば、それに沿って生産(production)体制に入り、途中で進捗状況をチェックする。支払いは約束手形(promissory note)で受け、儲けが出れば企業は次の投資を目指して前進する(progress)。事業を担当した者にはその後に昇進(promotion)が待っている。これらの言葉は、ギリシャ語やラテン語の動詞に「pro-」という接頭辞(「前に」「先に」「あらかじめ」という意味を持つ)がついてできた言葉である。順に、「前に・投げる」「前方に・作る」「前を・見る」「先に書く」「前に・引きだす」「前に・送る」「前に・進む」「前に・動く」。つまり、全てが前傾姿勢になっている。そして、著者が指摘するように、こうした前傾姿勢は何も待ってはいない。

 そのことを踏まえつつ、著者は19回にわたって、「待つ」ことの意味を問う。その問い方は、「待たない社会」「待てない社会」を直接に指弾するものでも慨嘆するものでもない。現代がそのような社会であることを念頭には置いているだろう。ただ、そのことに詳しくは触れない。ただひたすらに、「待つこと」の意味を問う。そして、その道程がどこに落ち着くのかは、「1 焦れ」を読み始めた時にはわからない。「あとがき」で著者が述べるように、何の見通しもないままにこの文章は書き始められた。そんなためらいや思いあぐねた痕跡がそこかしこに見られる。

 19のタイトルを順番に記せばこうだ。焦れ、予期、徴候、自壊、冷却、是正、省略、待機、遮断、膠着、退却、放棄、希い、閉鎖、酸欠、倦怠、空転、粥状、開け。「待つ」がこうも多様なニュアンスを持ち得る言葉であることに今更ながら驚嘆を禁じ得ない。

 「待つ」と括弧表記されていることからもわかるように、本書はひたすら「待つ」ことの意味、その具体相を繊細かつ慎重に辿る。そこには一気呵成に読むふるまいを拒む峻厳さがある。本書を読む時にこそ、カフカの「焦慮は罪である」という言葉はふさわしいのかもしれない。今の世界が是とする考えや価値観とは別のあり方を、丹念に掘り起こし、辿り、求める真摯さがここにはある。

 しばしば哲学者や精神科医や文学者の引用がなされる。けれども、難解な言い回しや用語は出てこない。読みにくい文章でもない。しかし、息せききって読むような読み方はできない。もし困難があるとすれば、著者のゆったりとした呼吸に合わせられるどうか、じれったさに耐えられるかどうかだろう。そういう意味では、読者がどのくらい「待てる」人なのかを問う本と言えるかもしれない。

 本書は「本の旅人」に二年にわたって連載された「待つということ」が元になっている。著者によれば、「水が満ちてくるように何かがやってくるのを待つ」という気分で毎回締切に迫られた二年間だったという。

 待ち焦がれ、待ち構え、待ち侘び、待ち遠しくて、待ち伏せ、待ちかね、待ちあぐね、待ちくたびれて、ときに待ちきれなく、ときに待ち明かし、待ちつくし、ついに待ちぼうけ。「人を待つ」と書けば単にそれだけのことかもしれないが、実際にはわずかな時間の内に、「相手を思ってふくらむ気持ち」が「どす黒い憎しみ」にまで一気に変貌する。同一の行為でありながら、時間条件の入力の差で、これだけ意味が変わる動詞を私は知らない。万葉集や古今和歌集で、待ち遠しさを歌うことが定番であるような歌謡の手管ができたのはおそらく偶然ではない。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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