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『なぜ男は暴力を選ぶのか ドメスティック・バイオレンス理解の初歩』

なぜ男は暴力を選ぶのか―ドメスティック・バイオレンス理解の初歩 (かもがわブックレット)なぜ男は暴力を選ぶのか―ドメスティック・バイオレンス理解の初歩 (かもがわブックレット)
(2002/11)
沼崎 一郎

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 沼崎一郎『なぜ男は暴力を選ぶのか ドメスティック・バイオレンス理解の初歩』かもがわ出版、2002

 本書は、ドメスティック・バイオレンス(DV)とは何か、暴力を振るうことで男は何をしているのか、DV加害者の実像について簡潔明瞭にわかりやすく説明している本です。薄いブックレットですが、DV理解の初歩として知るべき大切なことがコンパクトにまとまっています。

 最初に著者は、「暴力とは、こわがらせ、あやつる力」と簡潔に定義しています。暴力の目的は、相手をコントロールすることです。

 ある人のおこないが暴力かどうかを見極める基準は、相手が怖がっているかどうかです。例えば、相手が怖がるなら、じっと見つめるだけでも、ちょっと肩に触れるだけでも、近くにいるだけでも、それは立派な暴力です。怖いか怖くないかは、日々の行いで決まります。つまり、暴力とは、その時何をしたかではなく、毎日相手とどういう関係で暮らしているか、日々のあり方の問題です。だから、DVとは一緒にいる男が怖いので、びくびくせずに暮らすことができない状態に女性や子どもが置かれているということなのです。

 そして、本書で最も注目すべきなのはタイトルにあるように、「男は暴力を選ぶ」という点です。つまり、暴力を振るう男はどういう場合に暴力を振るうことが許されるかを計算し、主体的にそれを選択しているのです。自分より弱い相手を「こわがらせ、あやつろう」とする男たちを、「バタラー」と言います。バタラーは、我を忘れてカッとなってやっているのではなく、ちゃんと時と場所を選び、狙いを絞って暴力を振るいます。それは酒や薬物のせいではなく、病気でもありません。バタラーは暴力を振るってはいけない時と場ではちゃんと自制できる人間です。これらの著者の指摘は重要です。

 もちろん、「暴力」とは殴る蹴るだけではありません。例えば、妻や恋人の外出先に電話をかけてあれこれ詮索するのは精神的暴力です。また、言葉の暴力や性暴力や、相手の生活を脅かす経済的な暴力もあります。著者が明瞭に指摘するように、「男なら誰でもバタラーになれる」のです。「私はパートナーを殴ったりしていない」という言い訳は、本書の前では通用しません。殴ってはいなくとも、例えば外出している妻や恋人の携帯に電話をかけて、「今どこにいるの?誰と一緒?」と尋ねることも暴力です。相手が怖がり、不自由さを感じているのであればそれは暴力です。

 著者は男性ですが、一貫して女性あるいは弱い立場にある人の味方に立った書き方をされています。男性の中には不公平さを感じる方もおられるかもしれませんが、DVの大多数が男から女への暴力なので、本書では、男性が妻や恋人といった自分より弱い者に振るう暴力の問題に焦点を絞っています。

 女性は本書を是非お読みください。自分の心身を守るために、また何かあった時の予防として大切なことが書かれているからです。また男性にも読んでほしい。自分のしていることが、暴力かもしれないと気付き、反省し、もし暴力だったならそれを止めるためにです。更に、バタラーの実像を知って、DV被害者を守るためにも多くの人に読んでほしい。

 DVを扱っている本ですが、本書はDV以外の暴力にも当てはまる一般性を備えています。例えば学校や職場や宗教組織内で暴力を受けている人にとっても、良き示唆を与えてくれるでしょう。

 私は読みながら、いじめられた体験や何度か経験した年配者からの言葉の暴力を思い出しました。言葉の暴力には、丁寧な言葉遣いのものもありましたけれど、私とその人との関係性からすると、とても逆らい難い内容で、不自由さを感じ、怖さを感じたものでした。私が悪いのだと思ったこともあります。けれども、著者が「許される暴力などない」と明言し、「暴力を振るわれたあなたは少しも悪くない。あなたには何の責任もない」と言っておられるところに安堵し、涙が出そうになりました。他方で、私自身が暴力の加害者になったことも思い返し、私が暴力を選び、誰かを怖がらせていたことにも思い到りました。

 著者は、「暴力を選ぶのは、何でも「後ろ向き」に考えがちな人です」(p,39)と指摘しています。自分自身を振り返ってもこれは全くその通りです。思考が後ろ向きになっていると、極端な考え方をしたり、何らかの意味での暴力的な発想・言動に陥ったり、問題解決として暴力的な手段を選びがちです。逆に言えば、何かあるとすぐに暴力的に物事を解決しようとする人とは、後ろ向きの発想をする人ということです。そういう意味では、暴力を選ばないためにどのような考え方を身につければよいかも示唆している本と言えるでしょう。
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EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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