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『残響』

残響 (中公文庫)残響 (中公文庫)
(2001/11)
保坂 和志

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 保坂和志『残響』中公文庫、2001

 「コーリング」と「残響」の二つの短編が収められている。いずれも何気ない日常を描いている。解説で石川忠司が指摘しているように、両作品とも「殺人の起こらない「探偵小説」」である。それはどんな小説なのか。

 両作品共に、登場人物たちはしきりに時間的・空間的に隔てられた者同士の交歓もしくはコミュニケーションの可能性について考える。

 「コーリング」の冒頭は、「土井浩二が三年前に別れた美緒の夢の途中で目が覚めた朝、美緒はもちろん浩二の夢など見ていなかったし思い出しもしていなかった」という文章で始まる。二人の間には何らの交流もない。

 作者が書こうとしているのは、「ある場所である人がかつていろいろなことを感じたり考えたりしたことを、神秘主義やロマンチックな空想ではなく、物質的に確かめることは可能なのだろうか」という問いとして要約できる。例えば、私が別れた恋人について何かを思い出していたとしよう。相手は同時刻に私のことを思い出しはしていない。けれども、そこに何らかの関係はないのか、それを物質的に確かめることはできないのかというのが両作品に通底している問いである。解説の石川忠司はその問いを、「人間のあいだに横たわる恐らくもっと本質的で深刻な「隔絶」を前提とした問い」と表現している。
 
 著者の小説を読んだのは本作が初めてだ。ある人物について書いていたのがすぐに別の人物のことにピュッと文章が飛ぶのは面白い。

 元気の出る小説と沈痛な気持ちになる小説があるとすれば、本書に収められた二作品は前者だ。何か特別なことが起きるわけではなく、むしろどこにでもあるようなありきたりの日常が描かれている。けれども、全体としてやさしい感じを抱かせられる。
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EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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