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東日本大震災一年目を前にして

 もうすぐ昨年の東日本大震災から一年目を迎えることになる。

 3月11日(日)には全国各地で、東日本大震災にちなんだ様々な集会が開かれるだろう。

 キリスト教会でも、各地で祈祷会や礼拝が行われる。

 私も14時から、赤坂にある教会の礼拝で、聖歌隊の一員として奉唱することになっている。

 一体、この礼拝は何のために、誰のために行われるのだろうか、そんな素朴な問いが浮かぶ。

 東日本大震災の死者と被災者の方々を「利用」して、大きなイベントをやっているのではないかという不安が2月頃からつきまとっている。

 哲学者・作家の佐々木中さんは、東日本大震災後、様々な人からコメントを求められてもそれを固辞し続けてきたという。

 「砕かれた大地に、ひとつの場処を」(佐々木中『砕かれた大地に、ひとつの場処を アナレクタ3』河出書房新社、2011所収)という講演で、その理由を述べておられる。

 この震災について何かを語らなければならないという圧力の正当性に疑義を呈し、その圧力は少なくとも思考を部分的にでも「腐敗」させるものだと佐々木さんは指摘している。

 また、痛ましくも死者となった方々や被災者となった方々を「利用」することを恐れているとも言われる。

 「何か発言せよ」という圧力をそのような理由によって固辞し続けるところに、私は一つの節度を感じる。

 念のために言うが、2012年3月11日にあちこちで行われる集会について批判したいのではない。そんな資格は私にはない。

 ただ、その中の一集会に関わる一人の人間として、記念日に記念集会を行うということに小さな違和を覚えるのだ。

 私は思うのだ、「3・11」を記念することをしていいのか、と。

 これには正解はない。どちらも言えるようであるし、どちらも言えないようにも感じるのだ。

 あるいは、2012年3月11日が近づいている日々、各種マスメディアではいろんな特集が組まれている。

 しかし、私はこの一年間のマスコミの報道や政府の対応を見てきて、一つの危惧を覚えるのだ。一年を記念する日の裏側で、水面下で、何かが進行しているのに隠され、あるいは報道すべきことが報道されないのではないか、と。

 更に、「一年経った3・11だから何かしなければいけない。何らかの関与をしなければいけない」という無言の圧力めいたものに、いささか、いやかなり息苦しさを感じてもいる。

 これについて言及するように強制されているように感じるのだ。ロラン・バルトが述べた、「ファシズムとは、何かを言わせまいとするものではなく、何かを強制的に言わせるものだ」(ロラン・バルト『文学の記号学 コレージュ・ド・フランス開講講義』みすず書房、1998(1978)、p,15)という言葉を思い出す。

 だから、一つのあり得べき態度は、こうした圧力を受け流して、沈黙することなのかもしれない。

 沈黙して、今も被災し、苦しんでおられる方々の声にじっと耳を傾けることこそ、なすべきことなのかもしれない。

 語るのは、被災していない私ではない。

 死者と被災者の声にじっと耳を傾けることこそ、またあの出来事によって何が起き、何が変わり、何が変わらなかったのかをじっと考えることがなすべきことなのかもしれない。

 マスメディアの見せる津波や揺れの映像で気分の悪くなる方がおられるだろう。そういう方々は、遠慮なく、ご自身の体調を配慮してほしい。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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