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三十歳までは大いに悩め

 精神医学者の中井久夫によれば、人間の人格は三十歳を過ぎるとかなり可塑性を失うという。

 つまり、解体を起こしにくくなる代わりに、根本的変革も起こりにくくなる。
 
 そして、「絶望している若者に、とにかく三十まで生きてみなさい、あなたの中で何かが変わり何かしら生きやすくなるから」という精神科医・笠原嘉の助言を紹介する(中井久夫『「つながり」の精神病理』ちくま学芸文庫、2011、p,138-139より)。

 三十歳くらいまでは大いに悩むとよいと思う。

 私は、今はあまり悩まず、問題を整理して、解決策を考えたり、他人に相談したりするようになったが、数年前まではよく悩む人間であった。

 理不尽なことに「なぜ?」と問い、安易な答えに強く反発し、いろんな人とぶつかり、あるいは本に反発し、失敗もしてきた。その過程で、人に迷惑をかけてきた。

 けれども、答えの出ない問いを抱え、延々と悩み、迷い、その問いと格闘し続けたことが今の私にとってどれほど大きな価値を持っているか知れない。

 もっとも、その過程で「悩んでないで行動しろ」と何度も言われた。

 そんな時に、出たばかりの姜尚中『悩む力』(集英社新書)を読み、「悩み続けることの大切さ」が力説されていて安堵したのを覚えている。

 確かに、「悩まずに行動せよ」というのが適切な場合はある。

 しかし、いついかなる時も、どんな年齢においても、この助言が当てはまるとは限らない。

 人には答えの出ない問いを延々と、時に後ろ向きの思考になっても問いを深める時期が必要なのだと思う。

 少なくとも私はそうであった。

 もちろん、それは私の人生から出てきた考えだから、一般化はしない。他の人は違った捉え方をするだろう。

 また、悩んだからといって道が開ける保証もないし、答えが見つかる保証もない。

 それでも、悩む中で人に尋ねたり、人とぶつかったり、失敗したり、転んだりしたことは無駄にならない。傍目に迂遠な歩みに見えようとも、それこそがあなたという人間を指し示す道を作るのだ。

 今、10代の人は大いに悩んでほしい。また、悩みの中にあった多くの文学者や哲学者の本を読んでほしい。

 今、20代である人も多いに悩んでほしい。学生の方は学業に励みつつ、自身の悩みや違和感を大切にしてほしい。職業人の方は、与えられた仕事を果たしつつ、どこかの時間、一人静まって「自分にとって本質的なことは何か」と自分に聞いてみてほしい。

 それは多分、今の世の中ではあまり推奨されないことかもしれない。

 でも、そういう一見無為に思える時間を過ごすことは、少なくとも生を生き得るものにする上で大切だと私は思う。

 そして、10代・20代の信仰者と求道者もまた大いに悩んで良いし、疑問を持ってほしい。

 私の尊敬する哲学者のエマニュエル・レヴィナスは「一神教は、疑念・孤独・反抗の年齢に達していない者には不可能である」(エマニュエル・レヴィナス『困難な自由[増補版・定本全訳]』法政大学出版局、2008(1976)、p,21)と書いた。

 疑うこともなく、孤独と反抗も知らない信仰は脆い。

 それは悩み苦しむ人の傍らに立たせるものにはならない。

 そして、どうかパスカルの『パンセ』を読んでほしい。

 「私は答えを知っている」「私が救いの在り処を知っている」と僭称する者とパスカルは何の関係もない。

 パルカルは悩み苦しむ人の味方だ。きっと大きな慰めと励ましを得られるだろう。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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