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『一瞬の光』

一瞬の光 (角川文庫)一瞬の光 (角川文庫)
(2003/08)
白石 一文

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 白石一文『一瞬の光』角川文庫、2003

 「隣人を自分のように愛しなさい」、これは聖書の言葉である(例えば、新約聖書マルコによる福音書12章31節参照)。これをカトリックの本田哲郎神父は「隣人を自分のように大切にしなさい」と訳している。著者が聖書を知っているのかどうかは知らない。しかし、この小説は「交換の論理」が惑星規模で広がっている中で、そうした論理を超えた生のあり方を探っている。

 他人を大切にすることによって自分も大切にできる。同時に自分を大切にすることによって他人を大切にできる。この二つはつながっている。

 粗筋はこうだ。大企業に勤める幹部の橋田浩介は男にからまれていたところを助けたことがきっかけで短大生の中平香折と知り合う。自分の勤める企業の面接で落としたまま、二人は本当ならそのまま無関係になったはずだった。しかし、香折に出会ったことで、橋田は本当に生きる上で必要なものは何かを問うようになる。

 とはいえ、香折は多分どこにでもいる「ふつうの人間」だと思う。何か特殊な能力があるわけでもないし、容姿や経歴に秀でたところがあるわけでもない。採用面接官の橋田にも何の印象も残さない、そんな女性だ。しかし、そんな香折は橋田にとって「特別な人」となる。それはどういう意味での「特別」なのか。

 彼は香折を恋愛の対象として見ない。そうした時点で橋田と彼女との信頼関係は決定的に壊れてしまうからだ。だから、二人の関係を恋愛関係と考え読み進むと、困惑する向きもあるかもしれない。恋人の藤山瑠衣と香折に二股をかけた男の話という読み方はあまりに視野が狭窄している。そうではない。そんな話ではない。ではどんな関係にある人間の話なのか。

 なかなか心を開こうとしない香折に、橋田は可能な限りの支援を行う。肺炎にかかればコネを使って病院に緊急入院させることもためらいなく行う。しかし、深いところには立ち入ろうとしない。それはなぜなのか。あるいは、何の見返りもないのに、なぜ橋田は親以上の、恋人以上の献身を香折に対してするのだろうか。

 そんな関わりをする橋田に向かって恋人の瑠衣は言う、「香折さんはあなたを利用している、あなたの善意を吸いつくそうとしている」と。しかし、橋田はそれが自分にとって何ほどの意味を持つことなのかがわからない。たとえ香折が自分を利用し、自分の善意を享受したとしても、そのことと自分の香折への態度とのあいだに深いつながりはあるまい、と橋田は考える。これは「交換の論理」に首まで浸かった人には多分わからない。

 橋田の香折への献身は文字通り無条件の愛だ。わずかでも見返りを期待するそぶりは彼にはない。たとえ香折が彼の支援を必要としなくなり、彼を忘却しても構わないと橋田は考えている。そうしたら彼女の幸福を祈り続けようとすら彼は考える。

 彼が香折に引きつけられるのは、彼女が大きな問題を抱えているからだという。そういう人間でありながら、自分を助けようとするひとひらの心を感じ取れるからだという。

 彼は香折に主体的に関わる。彼女がなかなか心を開かず、時に嘘を言っても、責めず批判せず、暖かく見守る。必要なら適切な対処をする。病院に行かせる。法的手段を取る。彼は一貫して香折を肯定し続ける。しかし、そんな橋田に香折は何をしたのだろうか。それは橋田にとっては問題ではない。橋田の香折へのそんな関わりに、私は一つの希望を見る。それは小さな、しかし確かな希望だ。
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EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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