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『どれくらいの愛情』

どれくらいの愛情 (文春文庫)どれくらいの愛情 (文春文庫)
(2009/08/04)
白石 一文

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 白石一文『どれくらいの愛情』文春文庫、2009

 本書は「20年後の私へ」「たとえ真実を知っても彼は」「ダーウィンの法則」「どれくらいの愛情」の4つの作品を収めた作品集である。

 「あとがき」によれば、作者がこの4編と『もしも、私があなただったら』(光文社文庫)の計5作を通して書こうとしたのは、「目に見えないものの確かさ」だという。それは4作を読み、「あとがき」を最後に読んで、確かにそうだったと納得した。

 また作者はこうも言う、「この世界の完全性というものは、目に見えるものの不確かさの中に目に見えないものの確かさが隠され、目に見えないものの不確かさによって、目に見えるものの確かさが保証されることで実に巧妙精緻に成立している」と。そして、「こんなにひどく見える世界ではあるが、それでも、ここは完璧な世界なのだ」と、世界の完全性を所与のものとして受け入れた時、私たちは本当に知らねばならないたった一つの問いに向かって、限られた人生の中でその答えを見出すための旅に出発しなくてはならないと続ける。

 その唯一の問いとは、「一体、この私は何者なのだろうか?」という問いである。そして、この人間にのみ与えられた難問を解くには、私たちは目に見えるものだけを追いかけていては駄目だと作者は言う。同感である。

 作者が本書で書こうとしたことは、単に「目に見えるものよりも目に見えないものが大切」ということではない。「目に見えないもの」だけに目を注ぎ、目に見えるものを軽んじることでもない。そうではなくて、目に見えるものの不確かさの中にある目に見えないものの確かさという二つの次元の重なりであり、往還運動なのだ。だから、作者はこう言うのだ、「私たちは「自分とは何か?」という根源的な問いに真剣に向き合わない限りは、誰のこともほんとうに愛することはできないのである」と。目に見えないものに「目」を注いでこそ、目に見えることに丁寧に向き合っていける、本書に収められた4編が様々な形で描こうとしているのは、そのように生きようとする男女の姿である。

 表題作「どれくらいの愛情」は、結婚を目前に最愛の女性、晶に裏切られたゼンザイ屋の社長・正平が稼業に打ちこみ思わぬ成功を収めた矢先に、電話を受け、あの時の別離の理由が明らかになることを通して、人を愛するとはどういうことかを描いた作品である。個人的感慨で恐縮だが、この作品を読了することはカタルシスを私に与えた。数年前、私も交際していた女性から呑み込み難い理由で別れを突然切りだされた。その「本当の理由」を私はまだ知らない。けれども、本書を読んで、あの別離が一つの必然だったのかもしれないと安堵する気持ちを感じた。

 また、「自らを知らず、また知ろうともしていない者だけが、他人をやすやすと傷つけることができる。他人をいかなる形にしろ傷つけてしまうことは、たとえそこにどんな大義名分があろうとも、単に未成熟で愚かな行為でしかない。それは、他人を傷つける以上に自分自身を傷つけることでもある」と作者は書いている。

 この文章に「そうだ」と納得した。最近、私を損なった人はまさに自分を知ろうとしていない人だった。同時に、慄然とした。私もかつて、そして今もそんな未成熟で愚かな行為をしているのではないか。そういう自問ができるという意味で、本書を読むことそれ自体が、「私とは何者か?」という問いへの答えを見つけるための探究だったようにも思う。
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EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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