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『僕のなかの壊れていない部分』

僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)
(2005/03/10)
白石 一文

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 白石一文『僕のなかの壊れていない部分』光文社文庫、2005

 この本を読む前に、私はもう戻れない。物語にぐいぐい引き込まれる一方、白石作品は読者に自問するように促す。本書も例外ではなく、読みながら、自分の内面を、生と死を、愛することを突き詰めて考えずにはいられなくなってくる。本書を真に受ければ受けるほどそうなる。真に受けられる小説は良い。そうして読み終わった後の自分は、本書を手に取る前の自分とは違う。

 そうかといって、観念的・抽象的な物語ではない。暴力と殺戮と争いと差別と貧困があるこの世界のありようを作者は直視する。そういうひどい世界であることをごまかさずに見ようとする。パスカルが言った「気晴らし」に逃げることなく、主人公は自分にとって本質的なことから目を逸らせない。彼は言う、「人間は自分の人生にとって本質的なことからは、何がどうあったって、決して目をそらすことができないんだ。たとえば、親に捨てられるとか、自分がいずれは死んでしまうとか、そういうことは、いくら誤魔化して生きてみても、絶対に忘れることなんてできやしない」と。私がある辛いことを忘れられず、あることに強く憤りを覚えるのは、多分そこに私にとっての目を逸らせない本質的なことがあるからなのだ。

 物語に引き込まれ、自分の内面を突き詰めて考えるようになることは良かった。ただ、一方で、主人公の考えに、引用される言葉に反発を覚えもした。恋人の枝里子が自分のために泣いてくれたのを見て、彼女のために自分のすべてを捨てることができるのなら、なんと素晴らしいことだろう、と主人公は考える。しかし、それだけは不可能だったと言う。なぜか。人が幸福になる道は、自分自身よりも他の存在を愛することだというトルストイの言葉を引用しながら、重ねて彼はこんな言葉も引用する。「自分自身よりも他の存在を愛するときは、決して異性を愛するように愛してはならないのだと。男は女を女として愛するのではなく、女は男を男として愛するのではなく、あたかも自分自身を愛するように愛さねばならないのだ」。というのも、男女の愛は不幸な果実を必然的にもたらすからで、主人公だけでなく、この世界で生きるすべての人々が、その不幸な果実の一個一個にすぎないからだ。反発を覚える。しかし、無視できない言葉だ。

 もう二つばかり印象的な言葉を引用しよう。まずは小説の前半に出てくる言葉。「この世界を最終的に損なうのは『突き詰めた思考』の衰退だが、思考の衰退に至る過程でまず出現してくるのは……『ごく当たり前の想像力』の欠如だ」。おそらくこれは作家の現状認識だ。本書の単行本は2002年の刊行だが、この言葉は2012年の今、もっと強い響きを放っている。

 もう一つは本書の後半に出てくる言葉。「ともすれば人は自分の力で生きていると錯覚しがちだが、そんな力は人間にはない。誕生それ自体が自分の意志や力とは無縁であり、生きているさなかは確かに思えるその意志や力も、死の前では生まれたときと同様にまったく無力なのだ。要するに人間は、最初から最後まで、自分のことを何も決めることができない。であるなら、自分の生を勝手に終わらせる権利などあるはずもないし、他人の命を奪う権利もあるわけがない。人は生きているのではなく、ただ生きさせられているだけなのだ」。最後の言葉は、信仰者や宗教者ならより肯定的な意味を伴った「生かされている」とするだろう。親に捨てられた経験のある主人公は、自分の生にそこまでの肯定性は付与しない。けれども、キリスト者の私は「生きさせられているだけなのだ」という言葉の方が腑に落ちる。それは生を静かに受け止めているという響きがするからだろう。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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