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『バターはどこへ溶けた?』

バターはどこへ溶けた?バターはどこへ溶けた?
(2001/04)
ディーン・リップルウッド

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 ディーン・リップルウッド『バターはどこへ溶けた?』道出版、2001

 二匹の猫と二匹の狐を登場人物にして語られた寓話である。ジャンルとしては「自己啓発」に入るのだろう。しかし、読者の目を殊更「自己」に向けさせるものではない。取り立てて厳しいことが言われているわけではないが、読者をいい気分にさせることが言われているわけでもない。むしろ本を読んで、「自分の心に問いかける」ことが主眼なのだと思う。

 読者によってこの話から何を受け取るかは一人ひとり違うだろう。新約聖書の福音書でイエスがなさる「たとえ」について、受け取った人によって無数の解釈があり得るのと同じように。また、同じ読者であっても、その時に置かれている状況によっても受け取り方は異なるだろう。

 「バター」というのは、追い求めだしたらキリがないもの、財産、名誉、出世、権力などの象徴である。

 本の表紙に書かれたこの説明を読んで、「どれも私に無縁のものだな」としみじみと思った。

 この本は最近親しくさせていただいているある方からお借りした。貸してくれる際、「簡単な話なので、あなたには物足りないかもしれない」という意味のことを言われた。けれども、楽しい猫のイラストと時々ある猫の格言のおかげか、楽しい読書の時間を過ごすことができた。記して感謝としたい。

 消えたバターを探して、でも見つけられず、悲しみを感じて、猫の一匹ミケはこう述懐する、「僕はいつの間にこんなふうになってしまったのだろう。なんのためにこうしてここにいるのだろう。子ネコのころから、まわりの動物たちには、『努力して勝ち取れ』とか『負けるな、前へすすめ』とかいわれてきた。でも、失うものがあるとはだれも教えてくれなかった。そして、それがかけがえのないものであるかもしれないとはだれも教えてくれなかった」と。

 そんなミケを見て、天使モララエルがこう言いそうな気がする、

マターリしようよ。バターがなくても、タマと一緒ならそれでいいじゃないか。
 ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

        ,(´ ⊂⊃`、、
       ミ ヽ ∧__∧ノヘ
      ノ´ ̄( ・∀・)ヾ
       彡 ( っ†)ヾミ
        リ(ノ(ノ

 二匹の狐からすれば、このモララエルの考えもバカにされてしまうのかもしれない。でも、猜疑心で、血走った目で、成功や権力や富を追い求めて、大事なものを失ってしまうよりはずっといいと思う。
 
 うまい棒があってもなくてもモララエルは常にマターリしているように、バターがあってもなくてもミケとタマは幸せだ。そういう単純さ、ふと立ち止まることの大切さを顧みる本として、本書に出会えてよかったと思う。猫のタマは言う、「ほんとうの宝は、勝ち取るものではない、出会うものなのだ」と。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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