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『小林秀雄全作品20 ゴッホの手紙』

小林秀雄全作品〈20〉ゴッホの手紙小林秀雄全作品〈20〉ゴッホの手紙
(2004/05)
小林 秀雄

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 小林秀雄『小林秀雄全作品20 ゴッホの手紙』新潮社、2004

 全作品20には昭和27(1952)・28(1953)年に書かれた文章が収められている。中心は、「ゴッホの手紙」である。

 冒頭、「ゴッホの手紙」は告白文学の傑作だと著者は言う。読み終わってみて、その指摘に深く同感する。

 終わりに近づくほど、註解者の小林は後景に退く。ゴッホの言葉を丁寧にたどる小林の姿勢は、孔子を語る白川静(『孔子伝』)を思い出させる。『論語』の「子曰く、述べて作らず、信じて古を好む」という言葉にある通り、終わりに近づくほど著者は祖述者という無私の人となる。ゴッホの言葉と共に、祖述者の沈黙にも耳を傾けたい。それが、色そのものたらんとした聖者ゴッホの姿を浮かび上がらせるのだ。

 と同時に、小林がゴッホの手紙のどの部分を引用するかにも注目したい。読者と共に読みたいところを適切に引用する。引用というものは簡単にできることではない。小林はゴッホに暖かい眼差しと敬意を注いでゴッホに肉薄し、彼と対話し、彼の言葉に虚心に耳を傾ける。そこから立ち上る言葉を捉える。引用もまた一種の創造であると気づかされる作品である。

 「絵画鑑賞家は、ゴッホによって描かれた寝台や椅子を、彼が遺した静物画中の逸品と考えるであろう。其処に前人未到の様式が探られ完成されているのを見るだろう。併し、書簡集を読む人は、休息と眠りこそ、ゴッホが求めて遂に得られなかったものである事を想わずに、これらの絵を見る事は出来ないのである」(p,90-91)と著者は指摘する。そして、「そういう人によってしか表現出来ぬ休息と眠りとは何か」と問う。

 ゴッホは、休息と眠りを何よりも願っていたのではないか。それがために、彼はあれほどまでにがむしゃらに仕事をしたのではないか。彼の求めていたものに深く思いを巡らしたい。

 最後、ゴッホが自死して亡くなり、弟のテオが母に宛てた手紙、特に「ああ、お母さん、実に大事な、大事な兄貴だったのです」という悲痛な言葉に、私はたまらず涙を流した。ゴッホとテオ、二人の人生、いや二人で一つの辛く苦しい人生を歩んだ、その最後に到来した兄の死、それはとても悲しくなるものだった。その悲しみをこそ、著者は指し示そうとしているようにも感ずる。

 ゴッホが「牧師になりたかったのは、説教がしたかったからではない、ただ他人の為に取るに足らぬわが身を使い果したかったからだ」(p,50)と著者は言う。それは、本書を読み終えて深く深く得心することである。彼は止むに已むに已まれずして絵を描いた。彼は自己を主張したり顕示したりすることには露ほどの興味も抱いていなかっただろう。彼は常に自己を超えようとし、と同時に他者のために己を捧げ尽くそうとした。「私の一生の大野心(アムビション)は自己に死ぬ事である。而して他者裡に甦る事である。それ以外の野心を持ち度くないものと思ふ。」という三谷隆正の言葉と同じ律動をゴッホのコトバに感ずる。無私の道への一つの手がかりが確かにここにはある。
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EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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