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『黙祷の時間』

黙祷の時間 (新潮クレスト・ブックス)黙祷の時間 (新潮クレスト・ブックス)
(2010/08/31)
ジークフリート・レンツ

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 ジークフリート・レンツ(松永美穂訳)『黙祷の時間』新潮社、2010(原著2008)

 亡き愛する人に向って、少年が回想の形で一夏の経験を語る、静謐な情愛の物語である。

 主人公のクリスティアンは海辺で育った若者で、海底の石を集める父の仕事を手伝っている。追悼式の祭壇に置かれた教師シュテラの遺影を見ながら、彼女との日々を思い出し、死者となった彼女に語りかける。自分の手で触れ得ない彼女の姿を慕い求めるかのように。

 ただ、本書に思春期の少年による、美しい女教師への憧れのみを読み取るのは十分ではない。むしろ、描かれているのは、悲しみを通じてしか触れ得ない世界があることと、沈黙の内に秘められる幸福である。

 誰かを愛するとは悲しみを胚胎することである。かけがえのない人を喪った時、自分の喪ったものの大きさに気づくばかりでなく、その人をどれほど深く愛していたかにも人は気づく。大事に思っていたからこそ、悲しいのだ。「古語では「愛し」を「かなし」と読み、更に「美し」という文字さえ「かなし」と読んだ」と、柳宗悦は書いている。悲しみには愛とか美といった意味もあったことを古人は知っていた。この小説はそれをまざまざと感じさせる。

 二人は沈黙の内に交わる。沈黙こそが生者と死者をつなぐコトバだ。回想は過去を懐かしむ営みであるよりも、過ぎ去らない時の次元に置かれたかけがえのない瞬間を愛おしむ営為だ。それを学校の仲間に向けて語る言葉を持たない少年は孤独だ。

 少年はこう言う、「自分たちが見つけた世界について、学校で話すことはあり得ないと、ぼくは悟った。話してしまったら、ぼくにとってすべてを意味する何かが、喪われてしまいそうだったから。ぼくたちを幸福にしたもののことは、沈黙のなかに秘めておくべきなのかもしれなかった」と。

 二人の思い出を語ることによって、少年は自分が一人になってなどいないことを感じたのではないか。むしろ語ることでこそ、愛が深まってゆく。悲しみがあるから少年はシュテラを想う。手で触れ得ないからこそ、想いは一層強まる。ゆえに、語られる思い出は喜びを伴っているように感じられてならない。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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