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『永井隆(ひかりをかかげて)』

片山はるひ『永井隆(ひかりをかかげて)』日本キリスト教団出版局、2015
 
 苦しんでみなければ開かれない門がある。愛しい者を失うことは、その者に抱いていた情愛の豊かさに気づくことである。のっぴきならない宿命に向き合う中で培われ、磨かれる宝石がある。涙の滴に洗われて、咲きいづる花がある。原子医学者として、また書き手として生きた永井隆の生涯とは、そんな日々ではなかったか。そんな人生が、平易で、深い敬愛のこもった筆致でつづられている。

 昨年、長崎に行った折、浦上天主堂と如己堂に行った。原爆投下で転落した屋根は、起こったことが、過ぎ去っていないことをまざまざと感じさせた。あの出来事は本書の主人公だけでなく、無数の人の人生に甚大な影響を及ぼした。

「永井隆」という名は、一人の、大きな宿命を背負った人の名前であると共に、原爆によって亡くなった者、また生き延びたが、心身の痛み、差別に苦しみながらも生きた人々の集合名詞でもあるように思われる。彼の葬儀に約二万人の市民が参加し、また長崎中の鐘が鳴り響いたことが、それを証していないだろうか。彼の人生をたどるとは、彼が誰であったかを知るだけでなく、その生きた時代に参入することでもある。

 今日の混迷を払う言葉は、今日の新聞には載っていないかもしれない。筆舌に尽くし難い痛みと苦悩を舐めた人の口から語られるのかもしれない。いつ死んでもおかしくない、それが永井隆の日常だった。自分の書く文章が誰かの読む最後の文章になるかもしれないと思って、彼は書いたように感ぜられてならない。だが、明日どうなるかわからないとは、万人の日常ではなかろうか。この本を読むことで、一人の人間の歩んだ道程に触れるだけでなく、大きな苦難にこそ光が宿るという人生の秘義をも、人は思い出すだろう。

 医者として働くだけでなく、魂の糧たる言葉を届けることにも、永井隆は全身全霊を賭けた。それは今も古びない、朽ちない、固有の言葉である。そこに招くすぐれた手引きである。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 数年前、出版社で働くようになりました。仕事そのものが面白く、その都度自分で課題を見つけて解決するというプロセスが楽しい。
 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間としてキリスト教・世界に対して疑問に思うことを考察していきます。単に評論家的な批評をするのではなく、自分でできることを示せるような、自分の持ち場に立った言葉を紡いでいきたいです。

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