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読む――書物は口を利けない

 ずっと続けてきたことがある。読むことだ。自分の意思で本を読みたいと思ったのは、中学を卒業する間近であった。読書感想文の課題図書で読まされる読書は苦痛なものでしかなかった。

新しい世界に触れる喜び、新たな知識が入ってくる嬉しさ、それに虜となった。いつしか、「正しい読み方」というものに囚われるようになった。ある読み方をしなければいけないと思い込むようになったのは、おそらく教会で洗礼を受けて以降だったように思う。

 そこには、自分は間違った存在かもしれないという、自己肯定感の著しい低さに苦しむ不安があった。向き合うよりも、正しい読み方を身に着け、他の読み方を間違っていると断じて、己を守ろうとした。しかし、それは、人との間に不和をもたらし、結果、己の人生をも危うくした。

 正しいか否かに囚われなくなる上で、とても大きな作用を果たしたのは、一時期行っていたある講座である。若松英輔さんが自社で行っていた講座「読むと書く」である。繰り返し彼が言い、自身の作品で述べていたのは、読むとは何であるか、書くとは何であるか、だった。正しい読み方を言わないどころか、誤読を奨められた。

 ただ、自分の中に未解決の不安や恐怖を抱えている人には、誤読はおそろしい営みに思えるかもしれない。「正しさ」という鎧を外すことは、それが当たり前の人にとっては、多大な勇気を要するだろう。

 「本はどう読んでもいいのだ」と心底から思えたのは、安全な環境で、友人たちの支えを得ながら自分の未解決の不安や恐怖に向き合い、その源にある呪縛から解放されて後だった。

 随分、回り道をしてしまったように思うが、今は一途に読むことばかりを考え、それが正しい否かで悩むことは激減した。書かれたことだけでなく、書かれたことの奥、著者が書こうとして書き得なかったことを、静かに問いながら読んでいる。何となれば、書物は口を利かないのだから。著者と書物に敬意を抱いて読めば、何とはなしに見えてくるものがある。読むとは、文字の彼方で起こる、魂と魂の沈黙の交わりである。
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プロフィール

EMI Takashi(ヒソカ)

Author:EMI Takashi(ヒソカ)
 2005年に神経性疾患を発病し、体調記録をつけるためにブログを始めました。そして、読書能力の回復に伴って、本のレビューを書くようになったものの、最近は時間を作れず、やや休止中でございます。

 2017年3月末に5年勤めた出版社を辞め、4月から同じ宗教法人の他部局で働くようになりました。仕事そのものは、相変わらず楽しい。

 このブログでは、「扉の開いた」言葉を求めつつ、この世界に生きる一人の人間として疑問に思うことを考察していきます。

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