安田登『身体能力を高める「和の所作」』ちくま文庫、2010
街を歩く時、いろんな人の歩き方に自然と注目することが増えた。足のつま先が開いているために骨盤もそれに伴って歪んで、足の全てが均等に地面についていない人(本人はそれが「ふつう」の歩き方だと思っている)。両足が均等に地面を踏み、全身がリラックスしており、立ち姿も歩く姿も美しい人。一つとして同じ歩き方はない。中には「あの歩き方では疲れやすいだろう」と思えるものもある。
「どうして日本の子どもたちはうまく走れなくなったのか」。これが本書の出発点にある問いである。本書はこの問いを考えつつ、現代人とは異質な身体運用をする能楽の身体運用へと読者を誘い、例えば70や80歳になっても能楽師が舞える秘密について考究している。
解説で内田樹先生が指摘しておられるように、「歩く(あるいは走る)」というのは、根源的かつ基礎的な身体運用である。誰もが行っていることだ。身体技法のすべてはその上に築かれると言っても言い過ぎではない。
にもかかわらず、その「歩く」について、万国共通の「正しい歩き方」なるものはない。本書では日本人と欧米人の歩き方の違いが取り上げられている。ほとんどの日本人は、頭を上下に動かしながら歩いている。他方、欧米人は、歩いていても頭の位置があまり上下しない。この理由は、日本人の多くが「ひざ下歩き」、欧米人が「大腰筋歩き」をしていることに起因する。もちろん、欧米人の歩き方が「正しく」て、日本人の歩き方が「間違っている」のではない。そう言えるのは、「我こそは正しい歩き方の基準を知っている」と強弁する者だけだが、それは自分の「歩き方」がいかにローカルな奇習に縛られた「歩き方」であるかを知ろうとしないがゆえに出てくる妄想に過ぎない。
とはいえ、「正しい歩き方」の汎通的基準はないとしても、「疲れにくい歩き方」「美しい歩き方」というものはある。本書は理論的な考察に留まらず、疲れにくい身体にするためのメソッドも紹介している。昨年、本書を手に入れてから、ここに書かれている、足振りメソッドやすり足などを続けることで、私は下半身の深層筋の活性化を行ってきた(それは「鍛える」とは言わない)。確かに「疲れにくい身体」になったと実感できている。病気で体力が著しく落ちた私にとって、この本のメソッドはとても役立っている。
本書で紹介されているメソッドは、日常生活でも気軽に練習できるものである。それは子供でもできるメソッドであり(著者は小学校などで能を教えることがある)、気軽に取り組むことをお勧めする。高齢の能楽師の身体運用についてのみならず、疲れやすさを感じて難儀している人にとっても得るところの多い本だろうと思う。
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